すぐにすみますよ」と


「ミルクだ」ウルフは断固たる口調で言った。
「金はあるのかい?」仏頂面の男が問いただした。
 ウルフが財布をじゃらつかせると、男はにわかに表情をやわらげた。
「あの人はどうしてあそこで寝ているの?」ガリオンはテーブルのひとつにつっぷしていびきをかいている村人を指さした。
「酔っぱらっているのだ」ウルフは高いびきの男をろくに見もせずに答えた。
「だれか介抱してあげたほうがいいんじゃない?」
「むしろそっとしておいてもらいたいんだよ」
「あの人を知ってるの?」
「あの男もああいうやからもたくさん知っているさ。わし自身ときどきああなったからな」
「どうして?」
「そのときはそれがふさわしいことに思えたんだ」
 焼き肉は焼きすぎでパサパサしており、肉がゆは水っぽく、パンはかび臭かったが、ガリオンは腹ぺこで気づかなかった。教えられているとおりに皿をきれいにパンでぬぐうと、かれはミスター?ウルフが二杯めのビールをちびちび飲むあいだおとなしく坐っていた。
「とてもおいしかったよ」本心というより何かを言う必要にかられて、ガリオンは言った。アッパー?グラルトは総じて期待はずれだった。
「こんなもんだろうよ」ウルフは肩をすくめた。「村の居酒屋は世界中どこでも似たりよったりだ。また行きたいと思わせるものにはめったにお目にかからん。さて、行くか?」かれはコインを数枚置いた。仏頂面の男がそれをつかんだ。ウルフはガリオンを連れて再び午後の陽ざしの中へ戻った。
「おばさんの言った香辛料の商人を見つけよう。それから一晩の宿泊所と――馬を休ませる厩をさがす」かれらは居酒屋のわきに馬車を残して通りを歩きだした。
 トルネドラ人の香辛料商人の家は、次の通りにあるのっぽの建物だった。短いチュニックを着た浅黒いがっしりした男が二人、通りにたむろしており、店の正面ドアの近くには、奇妙な武装した鞍をつけた獰猛そうな黒い馬が一頭立っていた。
 かれらを見るなりミスター?ウルフは足をとめた。
「どうかしたの?」
「タール人だ」ウルフは静かに言って、二人の男をじっと見た。
「え?」
「あの二人はタール人だ。通常マーゴ人の人足として働いている」
「マーゴ人て?」
「クトル?マーゴスに住む連中のことさ」ウルフは短く言った。「南部アンガラク人だ」
「〈ボー?ミンブルの戦い〉でぼくたちがやっつけた? どうしてあいつらがここにいるんだろう?」
「マーゴ人は商売をはじめたのだ」ウルフは眉をひそめた。「それにしても、こんな人里離れた村で見かけるとは思わなかった。中へはいったほうがいい。あのタール人たちはわしらを見ていた。今回れ右をしてひき返したら変に見えるだろう。わしのそばを離れるんじゃないぞ、ぼうや、何もしゃべるな」
 かれらはいかつい二人の男の前を通って、香辛料商人の店にはいった。
 店主のトルネドラ人は床まで届く茶色の帯つきのガウンをはおった、やせた禿頭の男だった。かれは神経質に目の前のカウンターの上で、ツンとする匂いの粉包み数個の重さを計っているところだった。
「いらっしゃい」店主はウルフに声をかけた。「少しお待ちを。すぐにすみますから」その舌たらずなしゃべりかたがガリオンには奇異に思えた。
「ごゆっくり」ウルフはしわがれ声でぜいぜいと言った。すばやく老人に目をやったガリオンは、かれが背を丸め、愚かしげに首を上下させているのを見てびっくりした。
「そっちを先にすませてやれ」店内にいたもうひとりの人物が短く言った。鎖かたびらをつけた浅黒くがっしりした男で、腰には短剣をさしている。頬骨がはった顔には残忍な傷跡がいくつも残っていた。目は妙に険しく、声は耳ざわりで、強いアクセントがある。
「急ぎませんから」ウルフは先刻のがらがら声で言った。
「おれの用件はかなり時間がかかるんだ」マーゴ人は冷淡に言った。「せかされるのは好まん。買う物を店主に言うんだ、じいさん」
「では、お言葉に甘えさしてもらいますわ」ウルフはしわがれ声で言った。「どっかにリストがあるはずじゃ」かれはのそのそとポケットをまさぐりはじめた。「わしとこの主人が書いたんじゃが、わしは読めんで、あんたに読めるといいんじゃが」ようやく一覧表を見つけて、トルネドラ人にさしだした。
 店主はそれを一瞥すると、「これならマーゴ人に言った。
 マーゴ人はうなずいて、ウルフとガリオンを無表情に凝視した。と、その目がかすかに細まり、表情が変化した。「礼儀正しそうな子供だな。名前は?」男はガリオンに言った。
 その瞬間まで、ガリオンは生まれてから一度も嘘をついたことのない正直な少年だった。だがウルフの態度は、ごまかしといつわりの世界をそっくりかれの目の前にくり広げていた。頭のどこか奥のほうで警告の声が聞こえたような気がした。乾いた冷静な声が、これが危険な状態で、身を守る手段をとるべきであることを忠告している。ガリオンはぽかんと口をあけ、頭のからっぽなまぬけの表情をよそおった。「ランドリグだ、だんなさま」ともぐもぐ言った。
「アレンド人の名だな」マーゴ人の目が一段と細まった。「おまえはアレンド人には見えん」
 ガリオンは口をあけて男を見た。
「おまえはアレンド人か、ランドリグ?」マーゴ人は重ねて問いつめた。
 目まぐるしく頭を働かせながら、ガリオンは考えをまとめようとするかのように顔をしかめた。乾いた声がいくつかの代案をささやいた。
「おとうさんはアレンド人だった」とかれはやっと言った。「でもおかあさんはセンダー人で、ぼくはおかあさん似だっていわれる」
「アレンド人だったと言ったな」マーゴ人はすばやく言った。「すると父親は死んだのか?」傷跡のある顔は真剣だった。
 ガリオンはばかみたいにこっくりした。