皇子の目が覚


「その理由はいずれあなたの耳にも入るでしょうが、ことは盟主国であるセア皇国に関わります。今は申し上げられません」
「出すぎたことを申し上げましたわね」
 軽く頭を下げて、トールは口元の笑みを消した。
「でも、今日はもう山越えは無理でしょう。出発はどうなさるおつもりですの?」
「明日の早朝には馬が届くよう手配しています。皇子の目が覚旅遊資料めたら、東塔にお越しいただいて、用意が整い次第すぐに発ちます。今夜は寮舎の警備も強化させますし、あなたは何もする必要はない」
 灰緑の瞳にちらりと警戒の光を浮かべて、イースは傍らの従者を振り返った。
「ですがその前に華欣自由行、塔に不審なものがないか調べる必要があります。あとでこの者に東塔の見取り図を渡してください」
「わかりましたわ」
 にっこりと従者に微笑みかけると、まだ子供のような顔をした少年は、顔を真っ赤にして頭を下げた。
 と、イースの顔がわずかに険を帯びた。
「そうそう、忘れるところでした」
 背後を振り返ると、イースは駆け寄った従者から、小さな籠《かご》を受けとった。
「手ぶらであなたの元を訪れるわけにはいきませんからね。今回は時間がなくてろくに選ぶ暇がありませんでしたが……」
 前置きとともに差し出された籠を、トールは慎重に受けとった。
 今度はどんな高価な品かしら、と、そっと溜息《ためいき》をついたトールの腕の中で、籠がごそりと動いた。
 慌てて蓋《ふた》を開けたトールは、中を覗き込んで目を瞠った。
 ぱたんと黒い尻尾が動いた。
 みれば、手のひらほどの大きさの黒い獣が蹲《うずくま》っている。警戒しているのか、耳を伏せ、獣はじっと息を潜めてトールを見上げていた。
 大きな灰緑色の瞳に、トールは一瞬目を奪われた。
「まあ、ネコ?」
 西国イスラッドの稀少動物だ。
「ネコをご存知名創優品山寨でしたか。イスラッド王からいただいたのです」
「実際に見るのは初めてですわ」
 籠を館の人間に預け、中から抱き上げると、ネコはだらりと体の力を抜いて、トールの腕の中でごろごろと空臼《からうす》を挽《ひ》くような音をたてはじめた。
「変わった鳴き声ですわね」
「喉を鳴らしているのです。アシュは新しい主人が気に入ったようだ」
「|アシュ《月》?」